複合性PTSDからの回復

  • 2019.01.17 Thursday
  • 06:35

昨日は大学の授業でした。

後期は残りあと1回だ〜!って感じです。

 

最初は「う〜自分にはできん〜!」って思っていた精神保健学の授業。

だんだんとやって見ると「あれ? 何も考えないで授業をやっている〜!」って感じに気がつく。

 

私はビビリな人なのだな〜ってつくづく思います。

だけど色々な機会を頂いて、背中を「バン!」って押されてやって見ると「あ〜できた〜」って感じに思います。

 

色々な所で「子供の初めてのお使い」のような事をやっている感じがします。

 

英語のレッスンではバンデアコーク先生の『The body keeps the score』を読み終えて、ジュディスハーマン先生の『Complex PTSD』を終えてしまった。

 

論文も読み進めているけれど、もうすこしジュディスハーマン先生の本を読みたいな〜って思って『Trauma and Recovery :The Aftermath of Violence-From Domestic Abuse to Political Terror』を注文しました。

 

以前日本語バージョンで読んだことがあります。

英語の師匠と一緒にこれから読み進めようと思います。

 

英語の師匠はこれからさらにトラウマ治療通になっていかれると思います。

私に影響を受け、近頃はトラウマ関係の映画を良く観られる様になったとおっしゃっていました。

 

ジュディスハーマン先生は医療の対象となるサバイバーの数は多く、様々な主訴を抱えているとおっしゃています。

虐待の経緯がない患者と比べると、虐待の経緯がある患者は苦痛のレベルが高いとしています。

そしてサバイバーは身体、認知側面、感情面、行動、人間関係等の多岐に渡って問題を抱えるとしています。

 

非常に納得だな〜って思います。

ご来室されるクライアントさんの状況を伺うと、これらの多岐にわたる領域で不安やコンプレックス、問題を抱えているからです。

それらがほぼ幼少期のトラウマの問題とリンクしている事が多い様に思います(遺伝の影響やその他の影響もありますが)。

 

例えばある方が怒りの問題、自己主張ができない。また依存症の問題も同時に抱えている。

そして常に頭痛や身体のあちこちが痛いなどの問題を抱えている。

そして鎮痛剤を服用していたり家族関係での不和がある。

 

例えばこれらの問題の背景には、幼少期の虐待の問題によって、常に不安緊張の高い状態にさらされたってことが影響している場合もあります。

 

虐待の問題によって常に緊張が高くなってしまい自分の感覚がわからない。

だから解離状態で生きることになってしまう。

 

自分の感覚が分からないから、他人の軸でしか生きられなくなってしまう。

”私”よりも「人が何を求めるか?」って事が気になってしまう。

「いい人」で生きることになってしまう。

 

また幼少期に安心感をもらえていない事で、身体症状に退行(頭痛、腰痛)してしまう。

その痛みを緩和するために鎮痛剤を常に服用してしまうサイクルにハマって依存症状態になってしまう。

その薬の影響で、感情の波が出て来て怒りの問題が派生する。

 

普段は他人軸で生きる「いい人」だけれど、家では真逆の「怒りの人」になってしまう。

その結果、パートナーとの安定した関係が構築できないまま、お互い傷つけあい時間だけがすぎてしまう。

 

こんな風に見て見ると、非常に幼少期からの複合性PTSDの影響って多岐に渡るなって実感します。

 

そこから解放されて行くと、自分を取り巻く環境や人が見えてくる様になります。

人の顔色ばかり見て、そのために人から「いい人」として使われていた関係が浮き彫りになってくる。

「ぎょ!こんな関係嫌だ〜!」っていう自分のリアルな感覚が蘇ってくる。

 

そしてトラウマの問題から解放されているから、腰痛や頭痛などの身体症状に退行しなくなってくる。

「あれ〜いつの間に鎮痛剤がいらなくなった〜」って感じ。

 

そうするといつもいつも怒っていた家族にイライラしなくなる〜。

するとあの怒りに満ち満ちていた家の中ではお互い支え合い、励まし合い、楽しい日常と時間が過ぎていく〜。

 

いつも色々な問題に振り回されて疲れ切っていたのが、段々と余裕と楽しさが見えてくる。

そうするとかつては余裕がなくて、行こうと思ってもいけなかった場所に行ってみようって思える。

 

「自分に似合うお洋服でも自分の為に買ってみようかな〜♪」って感じで、段々とその人らしく輝いてこられる。

そして容姿も変わって来られ、お顔つきが「シュ!」っとされる様になられる。

 

そうするといつの間にかに、「あ〜なんだか生きることが身軽になってきたな〜」って事にフト気がつかれる。

それまでアウェイの世界を生きていたのが「あれ〜何だか違うぞ〜!」って事が見えて来られる。

 

そして穏やかな凪の世界が広がって来る。

それはどんなにあがいても手に入らなかった世界〜♪

 

複合性PTSDからの回復って本当に素敵だな〜って思うのでした。

 

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夢を形にして行く

  • 2019.01.16 Wednesday
  • 06:56

私はアクセサリーが好きで、良くアメリカに旅行に行った時の記念に購入することがあります。

何となく私の中では学会等でボストンやシカゴ、ワシントンDC等に行った事は「初めての子供のお使い」のごとく冒険のような感じがありました。

 

英語の師匠にワシントンDCに行く前に「不安なんです・・・」ってお伝えしたら、「Sink or Swim!(沈むか泳ぐかだよ!)」って言われました。じゃあ「やるきゃない!」って感じで「周りの目なんて気にしていられないぞ〜!」って突っ走っている感じの私がいます。

 

だけどそうやってアメリカ人の懐に飛び込むように走っていると、彼らの暖かさとか優しさを感じる。

それらが私の心の肥やしになって行く。

 

そして「泳ぎ切ったぞ〜自分!」っていう感覚も同時にあって、その思い出としてアクセサリーを身につけている感じがあります。

「あ〜これはあの時のボストンの時の思い出のピアスだ〜!懐かしいな〜♪」って感じで、日本に帰ってきてもしみじみとしている感じがあります。

 

昔、私が初めてボストン(2001)に行ったときのアクセサリーがあります。

それは実は身に着けるのが阻まれていました。

 

なぜなら当時の私は物凄く今より、物凄く情熱に溢れていたから。

そんな時のアクセサリーをつけていると、当時の私から「あなたちょっと嘘ついていない?」ってツッコミを入れられる感じがします。だから「う〜つけられない〜」って感じに仕舞っておく。

 

だけれども近頃、昔の私が当時NPOでボランティアカウンセラーをして頑張っていた時の私の感覚を感じることがあります。

あの当時の感覚が蘇ってきて「この感覚いいな〜♪」って思いながら英語の勉強に集中していたりします。

そして臨床家として、トラウマ治療のフィールドに飛び込んで行くことの喜びを感じています。

 

あの頃は、臨床の「臨」の字もわからなかった。

ただただ情熱だけがあった私でした。

 

そして力が欲しくて、その世界に飛び込んで今があります。

そんな頃の私が近頃顔を出しているな〜って思います。

 

ちょっと野生児のようなそんな私の感覚であります。

それは私にとって結構心地よい忘れかけていた感覚だな〜って思うのでした。

 

回復されていかれるにつれて、皆様ご自分の自由な姿を描かれるようになられます。

それはセラピストである私も「ほ〜素敵ですね〜♪」って感じに思います。

 

回復の過程で「これからどんなお花を咲かせるのかな?」ってワクワクしながら拝見しています。

そうすると「いや〜!何だか楽しそうな世界ですね〜♪」の世界を段々と構築されていかれます。

 

私の中で「夢は描いたもん勝ちだな〜」って常々思うところがあります。

「私は将来こんな風になりたい〜!」っていう夢を描いてみる。

 

「それは何年後?」

「何歳の自分?」

 

「その時の自分は誰とどんな風な関係を構築している?」

じゃあ「途中経過の何年後はどんな感じ?」

 

「スモールステップでじゃあ今何ができる?」

「どんな事をしていきたい?」

 

「じゃあ明日からこれをやってみよう〜!」ってやってみると、不思議とそんな展開になって行く。

「お〜びっくり〜!夢に描いた通りだ〜!」って私自身の経験でもあります。

 

将来の夢をワクワクドキドキしながら描いてみると、無意識さんが発動するような気がします。

 

トラウマの問題から解放されてくると、色々な可能性が見えてくる。

思い描いた未来が見えてくる。

 

今まで「私にはこれしかない・・・」って思っていた世界も「私にはもう一つ別の世界もあるかも〜!」っていう新しい世界が見えてくる。

 

人生の展開って面白いのですよね!

 

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無かった事にしたかった過去

  • 2019.01.15 Tuesday
  • 08:05

昨日はとっても天気が良かったですね。

 

最近は暇さえあれば英語の勉強をやっている感じです。

時々(いや毎日でした・・・)バンデアコーク先生のYoutubeを聞いています。

 

結構、英語の勉強はストレス発散な感じがします。

もともと「勉強が苦手」って思っていたのですが、案外と本来の私は勉強が好きだったのかもしれないとフト思いました。

 

今の仕事もほぼほぼ勉強が仕事っていう感じあります。

これまで勉強する事に物凄いコンプレックスを抱えていたのですが、色々な呪縛が取れてくると新しい自分が見えてくるのだなって思うのです。

 

いらっしゃるクライアントさんも、自然とその方のそのままのお姿に戻っていかれます。

自分を偽ったり、無理したりって言う事が、ほぼほぼ無くなって来られる〜♪

 

だからその方にとって楽な環境を選び取って、その環境で水を得た魚のように泳ぎだす感じがあります。

自然なその方のお姿が、自由そのものの姿なのだって思います。

 

ナチュラルモードが一番無敵なのだな〜って思うのです。

そのお姿は無意識的な姿なのですよね。

 

ジュディスハーマン先生の『Complex PTSD』の中に興味深い文章がありました。

先生は、児童期の虐待を受けてきたサバイバーには、解離する力が発達してくると言うのです。

そしてShengold(1989)は、虐待された子の心の中で幻想の良い親が作られると言うのです。

矛盾した自己イメージと親イメージは、融合されずに心の中で分裂が起こってくると言うのです。

 

私の中でもこの経験はあったな〜って思い出しました。

 

特に父親に対して「いい子」としてい続けなければと思っていました。

そして命を狙われる程の虐待を受けていたけれど、それをしつけが厳しいとしていました。

 

そうする事で、私の中であの家にいられる様な枠組みが出来上がっていました。

最後の最後まで、私は親の姿を真っ白としておきたかった。

 

あの時の数々の虐待の中での惨めな自分を受け入れなければならない恐怖がありました。

それを認めたら、人間の残酷さを引き受けなければならない事を無意識で私はわかっていました。

 

だから「厳しい人でした」ってしておきたかった。

 

だけど無意識の部分では私はわかっていたのだと言うことです。

それは私の症状さんが教えてくれていました。

 

ある先生が「症状は火消し役だよ」って臨床指導の際に仰っておられました。

「へえ〜面白い仕組みになっているんだな〜」って思っていました。

 

私にとっての数々の症状があったから、心の中であの恐怖や絶望を分離させておくことができていた。

 

私は普通の家に生まれ育ちました・・・。

私の家はちょっと厳しかっただけ・・・。

 

過去のことは見たくない。

「あっちいけ〜!」って感じでやっていました。

 

だけど心の奥底にあるモノは行き場を失って症状となって、言葉じゃない部分で訴えていました。

「あなた本当にそれでいいの?」って感じで症状さんが訴えてくる。

 

ジュディスハーマン先生が「矛盾」っておっしゃっていますが、本当に矛盾だらけな私でした。

ようやくその矛盾が溶け始めた時、パズルのピースが当てはまるように全体像が見え矛盾が整理されてきた。

 

「無かった事にしたかった過去」を整理していく。

 

私が一人の人間として生きていくには、その部分を認めてあげる必要があったのだと思いました。

それを認めてあげた時、当時の自分を受け入れいたわり、そして誇りを取り戻し、ことの経緯を眺めた時、必要じゃないものを捨てていくことが出来たのだと思います。

 

私に必要じゃないものは相手にお返しし「バイバイ」って感じで自分の生きたい方向に歩いていく。

 

そして物事がシンプルになって見えてきました。

私自身の本質がクリアになってきたように思います。

 

虐待の過去を認めいらないものは捨てていく。

自分にとって大切なモノを携え、これからの人生を生きていくのだな〜って思うのでした。

 

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幸せの処方箋

  • 2019.01.12 Saturday
  • 07:14

昨日はとってもいい天気でした。

良く行く公園からは富士山が見えていて「お〜!」って感じでした。

とっても縁起がいいので思わず写真に撮ってしまいました。

 

近頃、お気に入りの場所を見つけてそこで勉強をしていました。

勉強をしていると、本当に気持ちがスッキリします。

 

ちょっと論文テイストだから、バンデアコーク先生の『The body keeps the score』よりも難易度が高いのですが、一つ一つ読み進めて行くと、世界のトラウマ治療の臨床家の方々がどんな視点で複合性PTSDについて取り組んでいるかっていうことが見えて来て、

新しい扉を開くような、ちょっとワクワクドキドキした気持ちになります。

 

国際トラウマティックストレス学会の図書館サイトはダウロードし放題なので、これからどんどんとこの系統の論文を読み進めて行きたいって思います。

 

初めは大学院の頃は、カウンセラーになれたらいいなぐらいに思っていました。

そして「どちらの方向に向かって行くのか?」って言う事はまったく頭になかった気がします。

 

しかし自分の感覚でもってこの領域にダイブしてみると「やっぱりここか〜!」って感じの感覚があります。

やはり私はこのPTSD、複合性PTSDの領域について、もっと深く知って行きたい。

そしてそれを共有して行きたいんだな〜って思います。

 

何かに引っ張られるように国際トラウマティックストレス学会に入会し、その熱気と情熱に「このノリ好きだ〜♪」って感じであります。日本の学会とは違って、ノリが軽いのですよね。そして熱い!。

 

どうやら私はこういったトラウマ治療に情熱を持って取り組む感覚に「何だかすご〜く楽しいぞ〜!!」って感じになるようです。

だからこの学会につながっている気がします。

 

ジュディスハーマンの『Complex PTSD』の中に、ダブルバインドについて書いてありました。

支配する人は当事者の自立心を破壊することを求めて行く。そしてちょっとした優しさを与える事は、剥奪や恐怖を絶え間なく与えるよりも、はるかに当事者の心理的レジリエンスを蝕むとしている。

 

「母親はどんな人?」って聞かれた時、私は初めに出てくるのが「かわいそうな人」って出てくる。

だけれどもどこかで「それだけじゃないな・・・」って事も感じていました。

 

なんとなく私と母の関係で「信頼関係って何?」って感じがありました。

元々「人を信頼する」って事が分からなかった私でした。

 

この「信頼」っていことが見えて来たのは、私がトラウマ治療を受け始めてからでした。

 

母親は色々とモノを買ってくれたりした。

そして父の暴力に晒されている母を見ては「私が母親を守らないと」って思っていました。

「可愛そうな母を喜ばせる娘でいる」って事が私のポジションでした。

 

だけど何となく思うのは、本当に大事な時には守ってくれない人でした。

私が母親よりも能力が高かったから。父親との関係が距離が近かったからかもしれません。

 

母を一生懸命に守る為に生きたつもりが、その母から逆に蹴落とされる。

父に私を生贄として差し出す、そしてその関係を嫉妬し攻撃してくる。

 

言葉では、優しいことを言ってくれたかもしれない。

でもちょっとその言葉に毒が入っていることも多々あったのでした。

 

師匠との面接で母親の問題を扱うに連れ「私は幸せを選択していい」と自分にOKが出せるようにになりました。

それまでは到底幸せを感じられる状況ではありませんでした。

 

回復と共に少しずつ自分が望んでいるステップを歩み自由になって来ました。

だけどその自由を心から喜べなかった。「母親よりも幸せになってはいけない」って感覚が常につきまとっていました。

 

段々と手放しで喜べるようになりました。

 

そんな時、ふと思ったのは「人が満たされ自由である事」って大事なのだな〜って思うのです。

それは何故母が私にそのようにして来たかが見えてくるからです。

 

小さい頃、私はずっと思っていました。

母親の笑顔が見たいって。

 

結局小さい頃から直感的に分かっていたのだと思います。

母親が楽で自由だったら娘としての私も自由だったって事。

 

そんな事をふと思うのでした。

 

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どんな時も一緒にいてくれた心

  • 2019.01.10 Thursday
  • 07:01

「冬の到来だ〜!」って感じであります。

昨日は、大学勤務のためえんやこりゃ〜って感じで行ってきました。

 

やはり思うのは、横浜はとっても暖かいって事です。

 

久しぶりに授業をしてきました。

授業をしていると「私自身も勉強だな〜」って感じで一緒に学ぶ感じがあります。

大学に勤務したての頃を思い出して「あ〜あの時の自分が懐かしいな〜」って思っていました。

 

英語のレッスンがあって、英語の師匠と一緒にジュディスハーマン先生の論文について話し合っていました。

英語の師匠とのレッスンがあると、内容がより深く理解できる感じがあって大変助かっています。

 

ジュディスハーマン先生は、解離について述べておられました。

長期的なトラウマ状態に晒されると人は、トランス状態になることでその状態に適応するとありました。

そのトランス状態(解離状態)が続く事で、人は未来を失ない、そして過去を失ってしまうと言うのです。

そしてそれは長期的なトラウマ状態から解放された後も継続すると言うのです。

 

「未来と過去を失う」っていう部分に「そうなんだな〜」って思いました。

私自身も、高校時代かなりひどい解離状態がありました。

 

常にぼんやりとした頭で(そんな頭の状態をあえて作っていました)意識が朦朧としていました。

そして目の前の勉強の事や、これからの将来の事、これからどんな風に生きたいか?って事は、そのベールの奥に隠れてしまっていました。

 

常に常に私は解離状態を逆に欲していた感じがあります。

視点をぼんやりさせ、頭を「ボ〜ッ」とさせる。

 

そうすると周囲で起こっている苦しい事、惨めさ等が「別に大したことがない事」の様に扱える気がした。

痛みも何も感じない世界が作り上げられる。

 

そんな解離の世界を当時生きていましました。

 

英語の師匠は「人はそんな凄い事ができるんだね〜」っておっしゃっていました。

内心私は「昔良くやっていました」って思わず言いそうになりましたが、「これは黙っておいたほうがいいかな」って思って黙っていました。

 

そうやってうまく私は苦痛を麻痺させていた様に思います。

一見すると「普通の人」の様に見える。

 

しかし周囲の環境では虐待状況は続く。

それを麻痺させるために解離を用いていた。

 

チグハグな事が展開していた様に思います。

そんな事を思いました。

 

そんな時に同じ部活の子がいました。

その子は将来美術関係の仕事をしたいから、専門学校に行きたいって目を輝かせながら話をしていました。

 

私は、心からやりたい仕事をする為に自分の将来について考えられるって素敵だな〜って眺めていました。

私の心は、灰色のベールがかかったままな感じでした。

 

「私が私である事」を剥奪されると、人は生きた廃人状態に陥るのだなって思うのです。

しかしそんな状態でも不思議とそのぼんやりした私の頭の中では、将来心にまつわるお仕事をする様になるって意識がちらっと浮かんでいた事がありました。

 

そして高校以後の展開では、私は家から逃げ出すためのステップを踏むべく進学の選択をしていたことを今に思うのです。

あの選択は無意識に私が当然のごとく選んでいたけれど、あれがあったから今があるって振り返ると思うのです。

 

今思うと、あの様な廃人状態の私の心には、誰も手の届かない私の大切な部分が生きていたのだなって思うのです。

 

当時それが、私の無意識(心)だって事はわかりませんでした。

だけど私が自分を守るべくして動いていた力があったのだなって思うのです。

 

あの頃は、世界が灰色に見えてそして未来も過去もなかった私。

だけど、その心の奥には私が私を取り戻すための力が潜んでいた。

 

自分を取り戻すための力(無意識)があったのだな〜って思うのでした。

それがトラウマ治療と共に大きくなってきた様に思います。

 

そして時々私はその心さん(無意識)と会話をしています。

どんな時も一緒にいてくれた私の心。

 

そんな事をふと思うのでした。

 

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シャーロックホームズの様に

  • 2019.01.09 Wednesday
  • 06:42

ようやくジュディスハーマン先生の『Complex PTSD』を読み終えました。

英語のレッスンに間に合った〜!って感じです。

 

今度は、Julian D Ford先生の論文を読み進めたいと思います。

幼少期におけるトラウマの慢性的PTSDの治療についての研究です。

 

Julian D Ford先生は、2017年にシカゴの国際トラウマティックストレス学会に参加した時、シンポジウムでパネラーとしてお話をされておられた先生です。

 

文献などを調べみると、複合性PTSD系統についての論文を多く出されているようです。

英語の師匠に資料をお渡しして、またこれから一緒に読んでみようと思います。

英語の師匠も結構トラウマ治療通になっておられます。

 

ジュディスハーマン先生の『Complex PTSD』の論文の中で、複合性PTSDを抱えた人達への対する誤解について述べておられました。

 

自傷行為、セクハラ、大人になってからのトラウマを再演する問題等は、幼少期の性的虐待の問題を抱えている人達は一般の女性の2倍の確率で多いと述べています。

 

そして彼らは一般社会や様々な立場の人から間違って理解されてしまう傾向があるという事です。

そしてトラウマを抱えた人達に対する社会的判断は残酷なものがあるとおっしゃっています。

彼らは「依存的」とか「マゾヒズム」とかってレッテルを貼られるともおっしゃっていました。

 

「そうだよね〜!」って読みながら私も思っていました。

 

色々な症状の背景には、それを裏打ちする問題が潜んでいることが多くあるな〜って思います。

そうやって師匠から指導を受けてきたました。それを読み解いて行くっていうことも学んできました。

 

昔、私はしんどい時にある人に話をしたことがありました。

その人は、私の背景等(生育歴・日常生活)を全く知らない状況で、私の性格について言われました。

 

「私の性格が偏っているからですよ」と言われ「???」って一瞬思って、もう2度と話をするまいと思った古い記憶があります。

 

師匠は「クライアントさんを簡単にわかったつもりになるな」って良くおっしゃっていました。

昔、指導を受けている中で「どうしてもっと聞かないの?」って言われることが良くありました。

 

簡単に分かりきってしまうことで、その奥にある本当に大切なものが抜け落ちてしまう。

だから分かるまで「わからない姿勢」で聞いて行くことが大事なんだよって教わってきました。

 

「アホになるのが大事(”わからない”スタンス)」ってよく言われていました。

 

だから目の前にいらっしゃる方が「今なぜこの方はこのようであるか?」って事を、家系図や生育歴の中から見て行くことが非常に大事なのだよねって思うのです。

 

簡単に目の前にいらっしゃる方について、分かりきったつもりで決めつけない。

そんな風に日々臨床をしていると、クライアントさんの本当の足かせの部分が浮き彫りになってくるように思います。

 

例えば「死にたい」とか「外に出るのが怖い」とかっていう問題の背景に、家族背景や生育歴を紐解いて行くとトラウマにまつわるエピソードが浮き彫りにされてくる場合もあります。

 

そのトラウマの問題についてアプローチして行くと、綺麗に問題が片付いて行く。

そんな時、「簡単に分かったつもりにならない」って本当に大事だな〜って思うと同時に、幼少期におけるトラウマを複合性PTSDの枠組みとして見て行くことの重要性と可能性をやはり実感します。

 

過去から解放され自由になっていかれるお姿は本当に見事であります。

そんな事を思うのでした〜!

 

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”私”を取り戻していく

  • 2019.01.08 Tuesday
  • 07:18

先日師匠の面接がありました。

何となく師匠の面接を受けると、頭が静かになって行きます。

頭が「シーン」って感じで、そして「ワッハッハ〜!」って感じで不思議と笑いが出てくる。

 

そして”私”が見えてくる。

そんな感じがします。

 

私は色々なことに挑戦する時、実はいつも「できないかもな〜」って思っている事が実は多い様に思います。

今年も色々なことにチャレンジしたいな〜って思っているのですが、師匠に「チャレンジしたい、でも出来ないかもしれませんね・・・」なんてポロっとこぼしたら、師匠は「あなた、いつもそう言って殆ど実現しちゃっているでしょう」って言われました。

 

「あっそうか!?」って思わずおかしくなりました。

「あなたいつもそうだからね」って言われて、おかしくなったのでした。

 

小心者でビビリな私なのでした・・・。

 

またひたすらジュディスハーマン先生の『Complex PTSD』を読み進めていました。

読んでいると本当にドキドキします。

 

先生のトラウマ治療に対する情熱と闘争心は本当に素敵だなって思います。

近頃、影響を受けて私もちょっとブログのモードが変わってきたかな?って感じもします。

 

ジュディスハーマン先生は、虐待などの様な強制的支配環境の中で服従し続けることで、自己に大きな影響を及ぼすと言うのです。

自分の身体イメージ、他者に対する感覚や価値観や理想等の一貫した自分の感覚は、侵入される事で壊れてしまうと言うのです。

その結果ついには「私は何者である」という自分自身の名前を失ってしまうと言うのです(Taking away the victim's nameと表記されていました)。

 

「自分の名前を失ってしまう」って言うフレーズに「そう!」って私は納得してしまったのでした。

 

回復の当初、私はその様な状態でした。

『千と千尋の神隠し』の中に出てくる「カオナシ」の様な存在だな〜ってふと思いました。

 

とりあえず生きていて”私”って言うものがないのだけれど、でも普通の人を演じて普通に生きているフリをしていました。

そして症状というモノを抱えていた。当時の私はその症状だけどうにかして欲しくてさまよっていました。

 

その私の中の異物として存在する症状を解決して、私以外の人に自分を捧げるべく生きることを考えていました。

症状があることでそれができない自分を罰していました。

 

今考えると、それは周囲の人(親)のために生きられない私を罰していただけでした。

今考えると「違うだろう〜!自分!」って思うのですが、当時そう思っていました。

 

私を虐待した父親の為に生きる。

周りの期待に沿う為に生きる。

 

それができない自分を罰していました。

そのズレや違和感を教えてくれる様に症状がありました。

 

回復の過程の中で私は色々な人達に出会いました。

彼らは非常に鋭い目を持っていた様に思います。

 

私に対して「大塚さんは○○だね」っていう。

そしてまたある人は「大塚さんは△△だよね」っていう。

 

そんな時、私は無意識に「この人に見抜かれた・・・」ってカオナシの仮面の奥の私は思っていました。

カオナシの仮面をかぶっていた私だったのですが、そんな出会いと回復の過程で私は私の名前を取り戻した様に思います。

そして私らしさを取り戻して行った様に思います。

 

「自分の為に生きる事を許されなかった私」から「自分を取り戻し私を生きていく」ことを選択して行った。

そして自分の名前を取り戻して行ったのでした。

 

私を生きる世界は、キラキラと輝く世界なのだな〜って思うのでした。

 

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世界は広くて自由だった・・・

  • 2019.01.07 Monday
  • 07:09

冬だ〜!って感じの季節ですね。

近頃は鍋にはまっていて、鍋は簡単ヘルシーでいいな〜って感じです。

 

英語のレッスンまでに論文を読まねば!って感じで、お尻に火がついた感じで頑張っています。

バンデアコーク先生とまた切り込み方が違う感じで、興味深く読み進めています。

 

『Complex PTSD』の中でジュディスハーマン先生は、学習性無力症について仰っていました。

 

虐待される関係の中で人間関係は拘束され孤独に追いやられていく。

そして自分を虐待する人に依存させられるように仕向けられていくと言うのです。

 

そしてその中での死の恐怖と孤独によって、自分を虐待する対象との絆が逆に強まってしまう。

そうしていくうちに「この状況からどうやって逃げようか?」って言うよりも「この状況をどうやって耐えようか?」と考えるようになってしまう。

 

また慢性的なトラウマを抱えた人達は、消極的で無力な傾向があると言われているけれど、このような消極的で無力な状態をバンデアコーク先生は”学習性無力症”状態にに当てはまると指摘しているとジュディスハーマン先生は紹介されていました。

 

この文章を読んで、昔を思い出すよな〜って思いました。

私自身、父親から孤独になるように強いられてきたからです。

 

父親から、外の人間関係をどんどんと削がれるように隔離されてきたと思うのです。

小さい頃、お祭りがあってお友達と一緒に出かけたくても禁止されてしまっていた。

そして部活で泊まりがけの合宿があっても禁止されてしまう。

 

刃向かうと暴力を振るわれる。それが怖かったから何もできなかった。

そして人間関係がどんどんと孤立し、孤独に陥って行く。

理由は「危ないから」というものでした(家の中では、父親からかなり身の危険を感じる虐待が毎日起こっていましたが・・・)。

 

子供を守るため、しつけ、愛情って名目だったけれど、ジュディスハーマン先生の論文を読む「あ〜これは支配だったのだな・・・」って思うのでした。外の人間関係に自由に飛び立っていくよりも父親の相手をする娘を望む。

今思うと不気味なものを感じます。

 

そんなことを薄々感じていた私は、親の目を盗んで外の人間関係を構築するようになっていました。

内緒にしないと私の自由が拘束されてしまうって、どこかでわかっていたから。

家にいた時は「このまま家の狭い世界にずっとい続けていると、私はこの家に溶かされてしまう」って高校時代感じていました。

 

進学してから、外の世界に入り社会に出てから、大人の世界に入ってた頃から「あ〜外の世界はもっと息がしやすいのだな〜」って初めて思いました。あの閉塞感のある家よりもずっと、のびのびとしていられる世界。

 

師匠もアメリカに行かれてから、それまでと生き方が変わられたとブログに書いてありましたが、私もそうだったのかもしれません。

繋がる人達が変わっていく事で、私自身が相当変わったように思います。

 

催眠のミルトンエリクソンの『私の声はあなたとともに』の本の催眠スクリプトの『罪』と言うスクリプトがありました。

それを思い出します。

 

それはある女性の話でした。

その女性は映画館は若い娘が誘惑を受ける罪深い場所だから、そこに行くと神様から罪で罰せられてしまう。

雑貨屋に行くとタバコを売っている。だからその場所に行くと神は女性を打ち据えるだろうと。

お酒を飲んだら神様からの天罰が下されると女性は信じていた。

 

そんな事を恐れていた女性にミルトンエリクソンは、どんどんとその禁止を破らせるのでした。

彼女にタバコを吸おうが、どうしようが死ぬことはないと説き伏せて、彼女にタバコを吸わせる。

そして映画館に行くように指示する。

 

そして経験して見て「ほら、何も起こらなかったでしょう〜」と言って、どんどんとその狭い拘束された世界から解き放たれていく女性。そして自由になっていく。

 

最初はエリクソンの奥さんから「野良猫」扱いされていた女性が、「美しいブロンドにぞっこんなの?」って言われるぐらいに変化していった。

 

そんな興味深いミルトンエリクソンのスクリプトが思い出されます。

 

私自身も、反面教師でどんどんと禁止を破って外に飛び出して行きました。

家の外に出てみると、私が恐れていた様な世界はない事が分かって来ました。

 

「あれ〜?私ってそんなにダメな人間じゃないかも」、「私って案外と自立できるのだ〜」って、それまで「私には力がない」、「誰かに頼らないとやっていけない人間だ・・・」っていう学習性無力症の感覚がどんどん剥がれていく。

そして自分の本来の姿や力が見えて来た。

 

あの状態は力を奪われ孤独を強いられ「私は無力である」と言う状態にさせられていただけだったのだ〜って事が見えて来たのでした。

 

そして「世界は広くて自由だったんだな〜♪」って事が見えて来たのでした。

 

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人間関係を見直してみると

  • 2019.01.06 Sunday
  • 09:30

ちょっと今日は寒いな〜って感じですね。

 

トラウマから解放されていかれる方々を拝見していると、いい塩梅で苦しい関係をかわしておられるな〜って思います。

 

そしてご自分の軸を持ってこられているな〜って思います。

そんなお姿を拝見すると「これからが楽しみだな〜♪」って思います。

 

案外と、自由を拘束する部分って結構周りの人間関係によって力を奪われている部分があったりするよな〜って思います。

 

「いつも自分は苦しい状況になってしまう・・・」っていう事について、良く状況を伺うと「力を奪われている関係が続いている」っていう事が見えてくる。

 

その方が一生懸命に努力して力を尽くして一生懸命にやってもやっても、その後から次から次へと持っていかれる感じ。

ある意味「小動物が輪っかの中を一生懸命にカラカラカラ〜」って走り続けている感じになってしまっている。

 

そんな風に思います。

 

トラウマの問題でいうと「トラウマの再演」の状況を繰り返している感じかもしれません。

わかっているのだけれど、どうしても苦しい人間関係のパターンから離れることが出来ない。

 

その関係で「私が悪い」ってなってしまっているから、そこから離れられない場合もあるかもしれません。

 

そんなトラウマの問題から解放されていくと「いや〜この関係は苦しすぎる!離れよう〜!」って感じになってこられる。

そして楽な環境を選びとっていかれる。

 

そうするとそれまでどんなに頑張っても頑張っても出来なかったことが、スラスラ出来てくる。

「あれ〜一つ一つ着々と物事が進んでいる」っていう状態になっていかれる。

 

苦しい人間関係の中での感情のアップダウンっていうもの薄らいで「あ〜頭の中が静かだ〜」って感じになっていかれる。

心の凪の中で、しみじみと「あ〜私は楽だ〜」っていう感覚と共に「将来、私はこれをやっていきたいな〜♪」っていう私が主人公の展開が見えてくる。

 

その展開は、非常に個性あふれるワクワクドキドキの展開だったりします。

これまでどんなに足掻いても得られなかったものが、自然と自分の目の前に広がっていく感じ。

 

人の回復ってとっても素敵なのですよね〜!

 

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『Complex PTSD』を読んで

  • 2019.01.05 Saturday
  • 11:45

今日は横浜はとってもいい天気です。

今日は朝から喫茶店でジュディスハーマン先生の『Complex PTSD』の論文を読み進めていました。

 

何だかジュディスハーマン先生に繋がっているせいか、不思議と「シャキ!」とする感じであります。

 

私が最初にボストンに行ったのは、2001年だったかと思います。

あれから随分と月日が経ちました。

 

初めてボストンのトラウマ治療研修に参加した時、物凄く感銘を受けて帰って来ました。

そしてそこで頂いたキャップ(”BOSTON”のロゴ入)を飾りながら、「またいつか行けたらいいな〜」ぐらいに思っていました。

 

そして月日が経ち大学院に入学し勉強と仕事で忙しくなり、そして臨床家として仕事をするようになりバタバタと走る年月がありました。

 

そしてかつてボストンに行っていたことも忘れているぐらい、ただキャップだけが飾ってあるだけの感覚になっていました。

 

昨年に英語の師匠から、私の英語のトレーニングにいいから「Trauma Therapist」っていうPodcastを教えてもらって、偶然そこにバンデアコーク先生が出ていらっしゃって「あ〜!先生だ〜!」って思ってから『The body keeps the score』を読み進めるようになりました。

 

そして再びジュディスハーマン先生の論文を読み進めたり、春にバンデアコーク先生の主催される学会に参加したいと思っていることを考えると、再びあのボストンの情熱に回帰している感じがします。

 

私の無意識が自然と道標を示してくれている気がします。

「この先には何があるのかな?」ってフト思うことがあります。

それもまた楽しみであります。

 

ジュディスハーマン先生の『Complex PTSD』を読んでいて、日々の臨床や私自身の経験で「あ〜納得だな〜」って思うことがあります。

 

ジュディスハーマン先生は、複合性PTSDの特徴の一つに”洗脳”という言葉を使っておられました。

虐待の加害者の立場の人は、人の自律性を奪い、食べ物、睡眠、プライバシー等を奪っていくとの事でした。

そしてその環境の中で統制されていくと、自分をコントロールする対象が自分にとっての居所となり、かつ屈辱を受け続ける対象となっていくというのです。

 

何となく腑に落ちるな〜って感じがあります。

”洗脳”っていう感じに「なるほど〜」って思いました。

 

言葉によって知的な能力、自立性、生きる目的等が、歪められていることが多いな〜って思うからです。

「私には能力がない」って信じきってしまっている・・・。

 

しかしその背景には、その方の能力の高さ故に、洗脳によってその能力を下げられているエピソードがあったりする。

そして家族の中で秀でているが故に排除され、そして自尊心を下げらてしまう。

 

その結果「自信がない」とか「能力がない」とか「誰から受け入れられない」っていう状態が作られてしまう。

 

だけれども背景を見てみると周囲よりもその方の能力が高いが故に、周囲の人達のコンプレックスをカモフラージュさせるために、言葉によって下げられたり排除されたりってことが起こっている。

 

そのカラクリによって、問題をすり替えられてしまっている。

案外と相手の自信のなさ、相手の能力のコンプレックスを引き受けさせられている感じに思うのです。

 

師匠のおっしゃる嫉妬によって「あなたには問題がある」とさせられて、だけど本来問題なんかなくて、ただ問題があるのは能力の差があるだけって事。

 

そのカラクリが見えてくると、段々と力を発揮されていかれるようになります。

 

外の世界を生き始めていくと、等身大の私の背丈が見えて来られます。

そして「あ〜私ってこのぐらいのレベルだったのだ〜!」っていうことが見えてくる。

 

周囲の人達のコンプレックスを背負いこまなくなってくる。

自分の身の丈にあった人達との関係が、広がっていく世界なのだ〜って思うのです。

 

ジュディスハーマン先生の論文を読んで思うのでした〜!

 

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