”私”の人生を生きる

  • 2018.07.08 Sunday
  • 08:39

今日は横浜はいい天気です。

朝から庭の整理をしました。

 

インゲンに支柱を立ててやったりなど。

小さい頃から、小学校の通知表は勉強は大体は「1」だったのですが、体育と図工だけは「5」をもらっていた私。

 

この部分って昔から変わっていないのだな〜って思います。

物を作るのが好きでプラモデルなどを渡されると、平気で数時間は没頭する子だったな〜って思ったのでした。

 

なんとなくカウンセリングって思うのは、その方の本来の姿が、不要なモノが削り落とされて見えてくるように感じます。

一つの粘土の塊の中に、段々と本来の姿が浮き彫りにされてくる感覚。

 

それまでは、なんだか自分の周囲の人の価値観や意向、そして植え付けられたネガティブな暗示から、その方の姿のボリュームがものすごく大きくて、その状態で動くことが困難のような感じになっているように思います(かつての私がそうだったな〜って振り返って思います)。

 

だけれども「それが私です!」って感じになってしまっている。

そして親との一体化し、その「親の価値観が私の価値観」って感じで、「周囲の期待や希望=私の人生の目的」って図式になってしまっているように思うのです。

 

だから「私がこれがやりたいんです」ってカウンセリングの当初おっしゃっていたことは、カウンセリングのゴールに近づいてくると違っている場合があって大変興味深いなって実感することがあります。

 

意識的な部分と無意識的な部分が乖離していたのだな〜って、大変興味深く思います。

頭で感じている部分はもしかしたら、人の期待や意向に影響されて動かされていた部分っていう感じ。

 

私自身もそうでした。

 

「症状だけ治して欲しい」って当初そう思っていました。

そしてあとは生きかたっていうのは、「周りの期待する自分になれればいい」っていう風に本気で思っていました。

 

周囲の期待に添えない自分を罰していました(今思うと重症だったな〜って思います!)。

 

結局は周囲が私に期待する生き方で、結局私はそれを望んでいるもんではなかったことが見えて来た。

「周りがその方が都合が良いから」っていう部分もあったかもしれません。

 

そのカラクリに絡め取られてがんじがらめになっていたように思いまうs。

だから心の奥から「それって違うよ〜!」って症状が必要だったのだな〜って今は思います。

 

当時は「異物」としてしか感じられなかった。

 

回復してくると、その方の求めていらっしゃるニーズが見えて来ます。

「私はこれがしたい」、「私はこれが楽しいな〜って思うから、そのために今からこれを勉強したい〜♫」など。

 

そのお話を伺うと「あ〜素敵ですね〜♪」って実感します。

 

それまでは周囲のことに全てを引っ張られ、そしてその状態にストレスを感じ怒りを感じ、でも「それ」がやめられない・・・。

「これが私が望んでいること」「これが私の生き方」っていうべく、人の期待や意向に沿って走っていた感じ。

 

だから自分には何も残らないっていうジレンマになってしまう。

 

そこから解放された時、本当に「必要なモノ」が見えて、そして「要らないもの」が見えてくる。

そして身軽になってくる。

 

そして自分が必要なものがセレクトできるようになってくる。

それはその方にぴったり合ったもの。

 

そんな姿を拝見した時、周りの価値観や期待によって動かされていたのだな〜ってことが見えてくる。

 

私のための人生、私が楽しい人生を生きる。

そんな姿は素敵だよな〜って思うのでした。

 

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